身近に感じられる晩夏・初秋の風物詩といえば、虫の音。蝉の声とバトンタッチするように、草むらでは一匹、二匹と虫が鳴きはじめ、スズムシの「リーンリーン」、マツムシの「チンチロリン」、コオロギの「コロロロロロ」、クツワムシの「ガチャガチャ」など、虫たちが合唱を始めます。
虫の音を聴く風習のルーツは古く、「万葉集」にもコオロギについて触れている歌があります。平安時代になると、虫籠が登場。
貴族たちは虫籠を使ったり、虫を庭に放ったりして秋の夜長を楽しみました。清少納言の「枕草子」や紫式部の「源氏物語」にもスズムシやマツムシ、キリギリスなどの名が登場しています。
江戸時代に入ると庶民の間にも虫の音を聴く文化が広まり、秋になると身近な行楽地、江戸でいえば道灌山や飛鳥山などに足を運んで楽しむ一方で、街にはスズムシなどを売り歩く行商人も現れました。虫を売り買いする文化はその後も引き継がれ、戦後はデパートの上層階などで売られている姿がよく見られました。
現在も、郊外はもとより都心部や住宅街であっても、耳をすませば虫の音が聞こえます。特に近年、目立っているのはアオマツムシの鳴く声です。
見た目がマツムシに似ていることからその名がついたアオマツムシですが、実はコオロギの仲間。「リーリーリー」と「ビービービー」の中間あたりの音で鳴きます。なぜ都心部に多いのかというと、主に樹木の上に生息しているから。空き地や草むらが減少すると共に、秋の虫もその数を減らしていますが、アオマツムシは都心部の街路樹が格好の棲み処となっています。歩いていて、上のほうから虫の音が聞こえたら、アオマツムシの可能性が高いといえるでしょう。
その一方で、緑の多い広めの公園や、河川敷の草むらなどに行けば、マツムシやクツワムシなどが賑やかに鳴く声を耳にすることができます。耳をすまし、秋の夜長の風情を楽しみましょう。
もうひとつ、秋を象徴する虫といえば、とんぼです。日本にはおよそ200種ほど生息しており、春や夏、さらに冬に活動する種もいますが、やはり「秋に飛ぶ赤とんぼ」のイメージが浸透していると思います。ただし「赤とんぼ」という種は存在せず、アキアカネを代表とするアカネ属のとんぼを総称して「赤とんぼ」と呼んでいます。
実はアキアカネは6月頃、すでに成虫になっています。しかし夏になると標高の高い高原や山岳地帯に移動し、十分に成長して体がより鮮やかな赤色に染まった秋に、再び平地へ戻ってくる習性があります。秋のイメージが強いのは、そのためです。
一方で、とんぼの数は減少しています。卵が孵化する田んぼの減少はもとより、農薬の影響もあると言われています。そのため各地で絶滅危惧種に指定され、保全活動を始めている地域もあります。とんぼが空を飛ぶ里山の風景がいつまでも残ることを願ってやみません。