蝉の鳴く声も、夏を代表する音のひとつ。至るところで耳にすることができますが、自然豊かな寺社仏閣で聞くと、さらに心に染み渡ります。
山形県山形市にある立石寺は、通称"山寺"と呼ばれる霊山。元禄二年、松尾芭蕉が「奥の細道」の紀行中に訪れ、かの有名な「閑(しず)けさや 岩にしみ入る 蝉の声」の句を詠んだ地です。
境内には奇岩が連なっており、芭蕉が"岩にしみ入る"としたのも頷けます。なお芭蕉の没後、弟子たちがこの地を再訪しました。その際、芭蕉がこの句の着想を得た場所を推察し、そこに芭蕉が遺した短冊を埋めて塚を作りました。それは現在も"せみ塚"として境内に残っています。また、立石寺に隣接する総鎮守、日枝神社には句碑と共に芭蕉とその弟子・河合曾良の銅像が建てられています。
さて、蝉の声といってもニイニイゼミやクマゼミ、ツクツクボウシ、ミンミンゼミなど、種によって個性があります。その中で注目したいのが、ヒメハルゼミという蝉です。
この蝉の特徴は、合唱することです。6月下旬から8月上旬にかけて、他の蝉よりも少し先に鳴き始めますが、ある一匹が鳴いたら周囲のヒメハルゼミも一斉に鳴き、森林全体が「ジャーーー」という音に包まれます。その音色は、どこかに滝があるのかと思えるほど。一斉に鳴く様子を表す「蝉しぐれ」という言葉は、ヒメハルゼミの合唱から生まれたという説もあります。
生息する地域が局地的なのも特徴のひとつ。カシやシイの木などの生い茂る森に生息していますが、開発や伐採が進んでいることに加え、ヒメハルゼミは長い距離を飛ばず、生息地域を広げようとする習性がありません。そのため東日本では、主に寺や神社が所有する"鎮守の森"が貴重な棲み家となっています。
右の画像は、神奈川県足柄下郡箱根町の早雲寺。その裏山一体は早雲公園として自然林が保護されており、例年6月下旬から7月上旬にかけてヒメハルゼミの合唱を耳にすることができます。なお神奈川県内ではこの地にしか生息しておらず、箱根町指定の天然記念物となっています。
その他、茨城県笠間市の「片庭ヒメハルゼミ発生地」は、楞厳寺(りょうごんじ)と八幡神社の境内が生息地。千葉県夷隅郡大多喜町に広がる麻綿原高原や、新潟県糸魚川市の「能生ヒメハルゼミ発生地」など、貴重な蝉の声を聞ける地が点在しています。ぜひ一度、心に染みる蝉しぐれを体験してみてはいかがですか。